2008/8/31
art drops インタビュー 2008 vol.3 テーマ:「編集・記録する」 オカッコ
林絵梨佳さん/武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科在籍 ―前編―
知っていると、作品の持っている背景がわかるので展覧会が楽しかった
アート作品は、ひとりの主観を通じて私達の前に現れる。その過程では、いわばテレビやwebサイト同様、「編集」がなされているのではなかろうか。もし、私達がその過程で起こった出来事や、作品が生まれるまでの経緯や背景を知ると、目の前に現れる作品はどのように見えるのだろうか。
2008年2月8日から4月13日まで東京都現代美術館で開催された『通路展』には、川俣 正氏※1の過去30年間の作家活動に関する資料が納められたアーカイヴルーム※2が併設されていた。
アーカイヴルームに納められた資料が川俣氏の過去が残されたものだとするのならば、どのように「編集」されて『通路展』へと反映したのだろうか。
アーカイヴルームの運営を、インターン※3として担った林絵梨佳さんにこれまでのご自身の経緯と、資料を通じて見えた展覧会について伺った。
■ 始まりは絵を描くのが好きだったことから
林絵梨佳さんは、1986年、千葉県に生まれる。
絵を描くことが好きだった林さんは、美術系の高校に進学するが、在学中「制作」ではなく「観る」方に面白みを覚えていった。
制作ではない違った側面から美術とかかわることは何なのかを考え、武蔵野美術大学芸術文化学科に進んだ。
その実践として、大学1年生のとき、 2005年横浜トリエンナーレ※4のボランティアに参加し、学外でのアートプロジェクトに魅了された林さんは、2006年『取手アートプロジェクト※5』にもボランティアとして参加した。
■ 偶然の出会いから東京都現代美術館へ
『取手アートプロジェクト』も一段落ついた大学3生の夏、道端で偶然、横浜トリエンナーレや※5取手アートプロジェクトの運営に携わっていたスタッフと出会った。
「今なにしてるの?って話になって」。
川俣正展を手伝ってみないかと声をかけられた。この出会いがきっかけとなり、林さんは 『通路展』で展覧会に併設されたアーカイヴルームでのインターンを担うことになった。
■ 細部を残すアーカイヴルームの資料
『通路展』の会場は、ベニヤ板で巨大迷路のように仕上げられ、来場者はベニヤ板によってできた通路(動線)を辿り、壁に貼られた過去に手掛けられたプロジェクトに関する写真やドローイング、模型等や会場内に所在する7つのラボ※6に触れて、これまでの軌跡を追うスタイルが取られていた。
展覧会は、これらが鑑賞できる展示場と、会場から少し離れた一角に所在するアーカイヴルームから構成されていた。このアーカイヴルームこそ、林さんが会期中、毎日通って、インターンとして運営にたずさわっていた場所である。
アーカイヴルームを一言でいうと、過去の川俣氏の作品に関する資料全てである。資料はプロジェクトごとに分類こそされているものの、膨大な量だった。
「驚きましたね。航空券とか、なんて書いてあるか分からない会議中のメモとかも取ってあったり、e-mailのやり取りとか。だいたいそれが、プロジェクトごとにまとまっていて、1970年後半からくらいからどわっとあって。30年分みっちり」。
会期前の美術館中庭の準備の様子(左図)、アーカイヴルーム内の書架プロジェクトファイル(右図)
■ 資料のもとに集まり出す人々 ― アーカイヴルームの稼動 ―
運営のためのボランティアスタッフの募集を行い、約30名が集まった。林さんは、スタッフとともに膨大な資料をアーカイヴルームに納め、運営のためのマニュアルを作成した。こうした準備期間を経て、2008年2月、通路展の始まりとともに、アーカイヴルームは稼動した。
アーカイヴルームへの来館者の中には、研究者やアーティスト、ドキュメントのとり方を希望する人、地域で行われるプロジェクトの実施方法の閲覧を希望する人達がいた。
「来てくれたお客さんは、皆さん『ありがとう』と言って帰っていかれる方が多かったです」。
あとに残らない川俣氏の作品に対して、資料を通じて背景やコンセプトを辿ることができたことへの感謝の気持ちが自ずと出てきたのだろう。
会期中、展覧会には、2万人以上が来場し、アーカイヴルームには概算1,100人が訪れた。
アーカイヴルーム、カウンターでのボランティアスタッフ
■ 展示作品へのフィードバック
林さん自身、アーカイヴルームに納められた膨大な資料からこれまでの作品の背景を知ることにより、『通路展』への理解が一層深まったという。
「通路展には、川俣さんの昔のプロジェクトの写真とか模型とかいっぱい出ていましたが、そのプロジェクトを知っているのと知らない、それだけでもだいぶ『通路展』の見え方が違うと思いました。
何も知らないと、格好いい写真だな、模型だなで終わるんですけど、知っていると、作品の持っている背景がわかるので展覧会が楽しかったですね」。
川俣氏のプロジェクトは、プロジェクトを実行する土地の固有性を重視して制作していたが、プロジェクトが行われる地域住民と接しながら進めていくうちに、その土地の人々との関わりに興味を持ちはじめ、次第に「プロセス」そのものを重視した作風へとシフトしていった流れがある。
「展示された写真や模型に関するプロジェクトの初期の資料は、設計図やヴィジュアルの考案メモや作品自体の写真が多かったのですが、次第にプロジェクトに関するやりとりのメールやFAX、スタッフ達との食事風景などプロジェクトにかかわる人々との写真が増えていっていました」。
こうして林さんは、写真や模型が抱える背景や、プロジェクトの特徴の変遷を資料とあわせて読み解いていった。
アーカイヴルーム、来館者とボランティアスタッフ(左図)、アーカイヴルーム入口(右図)
<脚注>
※ 1 川俣 正
1953年生まれ。国際的に活躍する芸術家。
木材を用いた造形物を制作。数々の国際展に参加し、欧米を中心に高い評価を得ている。
主にプロジェクトのプランを立て、制作を計画が実施される現地で行うことが多く、一定の期間のみ設置されるものが多い。そのため、プロジェクトで設計した図面や模型が作品として国内外の美術館に収蔵されている。東京芸術大学美術学部先端芸術学科教授、2005年には横浜トリエンナーレの総合ディレクターを経て、現在はパリ国立高等美術学校にて教授を勤める。
※ 2 アーカイブ
文書など資料の保管を目的とした施設や仕組み
(アーカイブルーム:資料や文書を補完した部屋)
※ 3インターン
実習生の意。職業体験制として現場で実習すること。
※ 4 横浜トリエンナーレ2005
第1回目の2001年から始まった横浜市で開催される現代美術の祭典。(2005年はその第2回目)。
※ 5 取手アートプロジェクト
1999年から始まった、取手市、市民、東京芸術大学で企画・運営がされている地域と芸術を結ぶアートプロジェクト。
※ 6 7つのラボ
「通路展」では、川俣 正が今までに手掛けたプロジェクトに関連するものと、「ラボ」と呼ばれた研究室、実習室のようなベニヤ板で仕切ってつくられた空間があった。
各ラボでは、スタッフが常駐して(ラボの)テーマに沿った以下7つの研究や実習が行われていた。
※ラボ、およびラボでの活動は必ずしも川俣の過去を象徴するものではなく、川俣氏の想像以上の何かを誘発する「通路」というものを実現させるために設けられた。
@セルフ・ポートレートラボ: epoch-making project(エポック・メイキング・プロジェクト) という、過去に東京芸術大学、医療法人静和会浅井病院、日本医科大学による地域精神医療と共同で、芸術表現を試みたプロジェクト。病院内に設置した活動スペースでは、絵画、映像、写真等のワークショップを精神疾患患者を対象に長期のワークショップが行われた。2002年から始まったこのプロジェクトは現在も継続。本展覧会では、epoch-making projectは、セルフポートレート・ラボとして、スタッフが常駐して来場者に似顔絵を描くワークショップを実施した。過去のプロジェクトでは「Epoch-Making Project(エポック メイキング プロジェクト)」に関連する。
A コールマインラボ: 過去の炭坑をテーマとしたプロジェクトがベースとなったラボ。本展覧会では、スタッフがラボにて炭坑(coalmine)の研究をし、発表し続けた。過去の関連プロジェクトでは、「コールマイン田川」に関連する。
B wahラボ: 会場に訪れた人々に実現すると面白い、ユニークなアイディアを募集した。本展覧会では、スタッフが期間中に観客からアイディアを集め、その中から最強のアイディアを選び、その実現に向けて構想を練った。現在、選択した最強のアイディアを実現するべく、地面の中に家をつくることを計画・実施にむけて活動している。
C (通路)制作ラボ: 本展覧会では、手作業によるワークショップが駐在するスタッフによって行われた。
※「通路」の中では、想像以上の何が起きても良いという考えのもとで、違う作家が作品を作っているという状況もあっても良いだろうということから制作ラボは立ち上げられた。
D (通路)編集ラボ: 会期中に行われたトークイベントや、プロジェクトの編集を行ったラボ。過去の関連プロジェクトでは、「カフェ・トーク」に関連する。
E サヴァイバル・イン・東京ラボ: 本展覧会では、このラボのスタッフは東京での多種多様なライフスタイルの中でも特に、ホームレス等に見られる独自の都市での隙間における生活様式を焦点としてリサーチとマッピングを行い、以下2つのテーマに取組んだ。また、スタッフが制作した段ボールを素材としたバッチや、小銭ケース等が販売された。
テーマ1 マッピング東京: 大都会、東京に住むホームレスたちに焦点をおいたリサーチとマッピングを行われた。
テーマ2 サヴァイバル・イン・東京: 都市空間に散在する漫画や雑誌の回収や、銀杏など。これらの捨てられてたものや自然に落ちたものは、無償で回収したあと、有償で販売することができる。このような展開で成される都市での経済のサイクルについてリサーチが行われた。過去の関連プロジェクトでは、「ロッジング東京/ロンドン」、「東京プロジェクト:ニューハウジングプラン」、「フィールドワーク」などに関連する。
F 通路カフェ: 来場者の憩いのスペース。バーカウンターを用意し、コーヒーやビール等が販売された場所。本展覧会中では、来場者がこの空間を利用して、休憩や考え事、人々との交流がなされるのを意図されてつくられた。
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