2008/1/15
art drops 第10回 インタビュー
1月:口=伝える
有吉伸人さん(NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』チーフ・プロデューサー) ―後編―
■『プロフェッショナル 仕事の流儀』
『プロフェッショナル 仕事の流儀』は、毎回仕事人たちの仕事の現場に、一歩も二歩も突っ込んで、“今そこで起きていること”を大事にしているように思える。
そこには有吉さんのドキュメンタリーにかける一つの思いがあった。
「ドキュメンタリー番組を何本もつくって分かったことなんですが、結局、番組を観て、人の心が動いたり、心に残ったりするものって、理屈とは違う非常に“ごつごつとした塊”のようなものなんです。
それは、ある瞬間にポロっと言った言葉だったり、ある人の何気ない表情だったり、行動だったりするんですけど、そういうものっていうのは“狙って”撮れないんです」。
ドキュメンタリーはドラマと違って何が起こるか分からない中でロケを始め、さらに、一定のクオリティーのものを、決められた放送日までに納品しなければならない。
「事前の取材を丁寧に行い、“物事はこういうふうに進むだろう”と、検討をつけてロケを行うと、できあがったものは、どこか予定調和になることが多い気がします。想定していないものが撮れたとき、ドキュメンタリーは爆発的におもしろくなるし、人の心を動かすと僕らが信じている “何か”、も、決して想定はできないものです。だから、何が撮れるか想定できなくても、作り手はその取材対象に飛び込んでいく勇気を持たないといけない。でないと、ドキュメンタリーは非常にやせていく。番組の企画を考えていた頃は、つねにそういう危機感があったんですね。新番組では何が起こるかまったく分からない中に飛び込んで、かつ、ある一定のクオリティーを必ず確保できる、そういう番組をつくりたかったんです」。
■必ず何かが起こる
高いリスクの中で一定のクオリティーを確保するために、番組内では、ゲストを招いたスタジオトークの時間が設けられている。
「前半の映像は、ゲストの日常ですから、ある程度の期間、取材すれば、確実に撮ることができます。2番目のVTRで描く「これまでの歩み」も過去のことなので事前の取材で内容が固められる。でも、最後のVTRは、ゲストの仕事の現場に約40日間密着して、起こったことを撮るということしか決まっていないんです。だから、番組がスタートした当初は、もし何も起こらなければ、スタジオトークで終わろう、と。でも、一流の仕事人の現場に40日も張り付いて密着取材すると、必ず毎回、何かが起こるんです」。
その最たる例が、第7回目に放送された、WHO医師進藤奈邦子さんの回(『鳥インフルエンザを封じ込めろ』)。密着取材を続けたが何事も起こらず、このまま終わりかと思われていた。しかし、ディレクターが日本に帰国する2日前になって、トルコのイスタンブールで当時最大規模の鳥インフルエンザの集団感染が発生。ディレクターは進藤医師に随行してトルコに赴き、対策に奔走する医師たちの姿をとらえた。事件発生の直後から現場をカメラにおさめ、他局がどこも撮っていないスクープをものにするに至ったのだ。
■番組をつくるのはディレクター
「今まで74回分放送してきましたが、行き着くところは、ドキュメンタリー番組はディレクターのものだということ。現場に行って番組をつくるのはディレクターですから」。
現在番組は、11名のディレクター、その上に、3名のデスク、そしてプロデューサーに有吉さんの15名で制作されている。1名のゲストに1名のディレクターが、専任で密着してドキュメンタリーをつくりあげていく。そんな番組制作の中核を担うディレクターの平均年齢は、30歳前後とNHKの数ある番組の中でもきわめて若い年齢構成だ。
「僕は、ドキュメンタリーは、30歳前後の無名なディレクターが一番良い番組をつくってくると思っているんです。ベテランになると、ある程度展開が読めるようになるので、番組の完成度の平均値は高くなりますが、満点を超えるようなものはなかなか出ない。一方、若いディレクターは一生懸命ゲストの懐に飛び込んでいって、ときには満点以上のものを撮ってくる。たとえばあるディレクターは、一切テレビに出なかったパティシエのお店に、毎日始発電車で向かってお店の外で待っていました。普通、そんなことできないですよね」。
ここでふと疑問が浮かんでくる。現在プロデューサーとして番組制作を統括する立場にある有吉さんには、ディレクターとして現場に行きたいという気持ちはないのだろうか。
「僕はディレクター時代、一本番組をつくるたび、4、5キロ痩せてしまうくらい、毎回苦しくてしょうがなかったんです。だから、ディレクターを終えて、現場に行けないという寂しさはありますが、ほっとしているというほうが大きいですね」。
一方で、「ディレクター時代に手応えのある番組を作れたときの爆発的な喜びは、ディレクターを終えてからは一度も味わったことがありません」とも。
「ドキュメンタリーって一種麻薬に近いものがあるんです。30歳そこそこの若いディレクターが一流の仕事人に向き合うとき、『あなたはどう生きてきたの』と人生を問われるようなところもある。だからこそ、全力でゲストの懐に飛び込んでいく。満点を超えるような番組ができたとき、その経験は、単なる仕事を超えて、そのディレクターにとって、人生の宝になる。一方、ゲストの方々も、ほぼ無いに等しいギャラで、40日近い密着取材に応じてくださるのは、この番組の『一流のプロの、仕事に向き合う真摯な姿勢を世の中に伝えたい』という趣旨や、『若い人に何かしらメッセージを伝えたい』という思いに、共感してくださっているからだと思うんです」。
現場での快感を得ることはなくなったが、過去にディレクターとして数多くの番組を制作してきたことは、今の番組づくりにも生かされているという。
「ディレクター時代、とても苦しい思いをしましたが、ここにいけば何か面白いものがある、という嗅覚は磨いてきたと思っているんです。だから今も番組のゲスト選定の最終決定は僕がしています。最近は、若いディレクターを育てたり、番組としての方向性や志を決めたり、チームの雰囲気づくりや最終責任を負うという喜びがちょっとだけ分かってきたかな。良い番組をつくるということは小さなことの積み重ねなんです」。
■希望を与えるような番組をつくりたい
最後に、有吉さんに今度どんな番組をつくっていきたいのかたずねてみた。
「この番組を2年間つくり続けてきて日々仕事に追われたことが良かったのか、僕自身気持ちが浄化されて、何をやりたいのかハッキリしましたね。僕個人の仕事としては、見終わった後に前向きな気持ちが残る番組をつくるのが、最大の使命だと思うようになりました」。
この番組に限らず、今後も観た人に希望を与えるような、何か少しでも残るようなものをつくっていきたいとおっしゃる有吉さんの姿が印象的だった。
■結び
毎週必ず録画してみようと気合を入れているわけではない。
にもかかわらず、迷ったり、立ち止まったり、少し落ち込んだとき、ふとテレビをつけるとそこにこの番組が映っている。
仕事に真摯に向き合う仕事人たちの生き様に涙したり共感したりするうち、「明日からまたがんばろう」そんな気持ちにさせられる。こんな不思議な力を持つ番組は一体どのようにつくられているのだろうと以前から気になっていた。
有吉さんは、「伝えることは、本当に難しい。『普通にやっていたら、伝わらない』ということを前提として考えろ」と常々ディレクターの方々に言っているという。
時に、ゲストが見せる一瞬の表情に、思わず泣いてしまうほど激しく心を揺さぶられることがある。
あの何気ない表情は、有吉さんやディレクターたちつくり手の番組制作に対する姿勢、そして、日々の小さな積み重ねがあって初めて放送されていたものだったのか。あらためて、伝えるということの奥深さを垣間見たような気がした。
有吉伸人( ありよしのぶと)
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■有吉さんからのお知らせ
『プロフェッショナル 仕事の流儀』の放送予定 ※NHK総合 放送毎週(火)22:00〜22:45
2008年1月15日(火):第75回 妥協なき日々に、美は宿る〜 歌舞伎役者・坂東玉三郎 〜
2008年1月22日(火):トークスペシャル メジャーリーガー・イチロー
公式ホームページ http://www.nhk.or.jp/professional/
すみきち&スタッフブログ http://www.nhk.or.jp/professional-blog/
■有吉伸人さん一問一答
text : 金子きよ子、edit :谷屋、photo (有吉さんのお顔画像):ドイケイコ
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