2008/2/15
art drops 第11回 インタビュー
2月:口=伝える
山本紀子さん(webデザイナー/森美術館非常勤スタッフ) ―後編―
■吸収しようと必死に取組んだ3年
「当初、その会社には経済的な基盤と時間をつくるために、9時から5時30分までの仕事だと割り切って入社したつもりでした。でもそれが“こんなところ他にない!”と思うほど、社員のみんなも会社自体も楽しくて大好きになってしまって(笑)。」
職場に恵まれる一方で、会社以外の時間で森美術館での非常勤サポートスタッフを勤めた。また、自分の中で就労期間を3年間と決め、『アートに関わることを仕事にする』ことを目標とした。
転職を機に、森美術館での仕事を主軸として様々な現代アートに関する活動に意欲的に関わりだした。時間を有効に費やす日々が幕を開けたのだった。
2004年からは、ダイアログ・イン・ザ・ダーク(※4)に受付などのボランティアとして携わった。2005年には、横浜トリエンナーレ(※5)でボランティアとしてインフォメーション・ブースを担当した。翌年、2006年には、四谷アート・ステュディウム(※6)に併設するギャラリー、Gallery Objective Correlativeで、アーティスト/ホーメイ歌手の山川冬樹(※7)さんの企画展(the Voice - over)を手掛けた。また、同年には、横浜トリエンナーレで知り合った友人の紹介により、ボーダーラインをテーマに作品を制作する現代美術アーティスト、栗林隆(※8)さんのお手伝いもするようになった。
2006 年8月 the Voice-Over 山川冬樹展 Gallery Objective Correlative, 東京 (個展) |
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■アートの現場を通じて体感したこと
「どれも特別な体験ですが、伝えるということの上では森美術館非常勤スタッフの経験は最も大きかったですね」。
サポート非常勤スタッフの役割はアーティストやキュレーターの思いを、自分の主観と交えて来場したお客様と対話しながら伝えていくのが主な仕事だ。
来館したお客様と直接触れ合う機会が多いため、時には、お客様に作品の感想を伺うこともある。作品に対する思いは千差万別だが、そこにはある特徴が見られるという。
「『アートは、わからないけれど…』と前置きしてから、感想をおっしゃる方が結構多いんです。でも、私は美術に間違った感想はないと思っています」。
こう思うようになったのには、勤務するワイン輸入会社での経験が大いに生かされているという。
「会社では新商品が出る度に社内でテイスティングがあり、コメントを求められるんです。ワイン会社に勤めているとはいえ、私はお酒があまり飲めません。テイスティングの際に、周りの人がバンバンコメントするなか、入社してからしばらくは間違ったことをいうのではないかと恐れて何もコメントできないでいました。
そんな私の様子を見た上司が『怖がらないで言ってごらん。ワインを味わうのに間違った感想なんてないんだから』。と言ってくれたんです」。
ワインもアートも嗜好品という点では共通する部分がある。色々な感想が出てくるのも、感覚がベースの嗜好品ならではの特徴だ。
ワインを『分からない』という体験を通じて、アートを『分からない』という立場の人の気持ちが理解できるようになった。
以来、改めて来館者の感想の否定は絶対せずに、より尊重するようしていくようになった。
『分からない』立場のお客様ばかりではない。時には、展示内容に驚くほど精通しているお客様を迎えることもある。多様な来館者への対応に備えるための勉強は欠かせない。
「会期毎に最初は必然性があって勉強していたんですけど、今までまったく関心のなかったジャンルのアートが好きになったりと、結局それは自分のものになっていっています。自分にとっては幅を広げてくれた大きな活動の一つですね」。
今まで関心の薄かった分野のアートにも、展示を通じて興味を持ち始めるようになるなど着実に視野を広げていった。
■伝えること
現代アートを基盤に活動しながらアートをお客様に伝えてきた山本さんに、『伝えること』は何かを伺った。
「伝えるって結構一方的になりがちですけど、私にとって、伝えることは共有することなんです。
感覚だったり、空気だったり場だったり、自分がいいな、楽しいな、伝えたいなと思うことを共有して伝えることで起こる反応を一緒に味わいたいんです」。
また、同時に伝えたことで、見た人のその後の行動を少しでも変えるきっかけになればと願っている。
「ひとつのものを掘り下げていくことにも憧れはありますが、今までの行動を振り返っても性格的にも興味の対象の振り幅を考えてもそれは出来ません。その代わり、私は横の広がりで何かを繋げることは出来るかもしれない。ならば、それを活かした伝え方が出来ればと思っています」。
アートに対する自分自身の特徴を明確に見出せたのも、目標へと向かう途中で考え抜いたことと、アートを伝える現場での経験の結果なのだろう。
■今後の展望
自分で設定した3年間を終えた今、山本さんには次の2つのステップが始まりつつある。インディペンデント・キュレーターの窪田研二(※8)さんのもとでのインターンを2月より開始させた。また、4月からは文化・芸術を支援する職場での新しいスタートが控えている。
かつて「制作する側か、それとも支える側に立つのか」との選択と真剣に向き合った。答えが出た後も、実践を伴いながら目標へ近づくための試行錯誤を繰り返した。
今では、これまでのあらゆる行動が強みとなっている。制作側の気持ちを理解できる。そして、アート作品を伝える側と受けとる側(鑑賞者)の両者の立場も理解できる。どれもかつて経験した側面だからだ。
アートにおける多面的な理解を土台に、展開される今後の山本さんの更なる飛躍が楽しみだ。
<脚注>
※4:ダイアログ・イン・ザ・ダーク 1989年ドイツのアンドレアス・ハイネッケ博士のアイディアで生まれた、日常生活のさまざまな環境を織り込んだまっくらな空間を、視覚以外の感覚を通じて体感するワークショップ形式のイベント。日本では、1999年から開催している。
※5:横浜トリエンナーレ 2001年に始まった3年に一度の現代美術の国際展。(ただし第2回目は2005年になった。第3回目は今年開催される)。今年を含む現在までの祭典は横浜で行われている。
※6:四谷アート・ステュディウム 美術家・岡崎乾二郎氏が主任ディレクターを務める一般対象の近畿大学国際人文科学研究所。社会に結びついたアートを、ワークショップ・スキル・セオリーの3つの要素によって構成される講座が受講できるスクール。
※7:山川冬樹 アーティスト/ホーメイ歌手。1973年、英国ロンドン生まれ。多摩美術大学在学中、アジア中央部に伝わる超絶歌唱法“ホーメイ”に出会い習得。以後、自らの声と身体をプラットフォームに、フジロック・フェスティバルからベネチア・ビエンナーレまで、音楽、美術、パフォーマンス・アート、コンテンポラリー・ダンスなど国内外の様々な領域で活動。2004年よりバンドAlayaVijanaメンバー。現在、東京藝術大学、多摩美術大学、女子美術大学非常勤講師。
※8:栗林隆 1968年長崎県生まれ。武蔵野美術大学、デュッセルドルフ・クンストアカデミー卒業。シンガポールビエンナーレや、アートバーゼルなどのアートフェアに出展経歴のあるボーダーラインをテーマとして作品を制作する国際的な現代美術アーティスト。今年4月青森県にオープンする『十和田市現代美術館』に、パーマネント作品が設置される。
※9:窪田研二 大学の商学部を卒業後、銀行に就職。その後、上野の森美術館、水戸芸術館現代美術センターでの勤務を経て、現在インディペンデント・キュレーターとして活躍。キュレーションを手掛けた展示に、水戸芸術館現代美術センターでの「X-COLOR/グラフィティ in Japan」展。広島市現代美術館での芸術と経済の問題をテーマにした収蔵作品展「MONEY TALK(マネー・トーク)」などがある
山本紀子( やまもとのりこ)
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■山本紀子さん一問一答
text : オカッコ、edit :金子きよ子、photo (山本さんのお顔画像):金子きよ子
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